旅行記を中心に、管理人KAMの人生に影響を与えた経験や本、映画等々を紹介していくブログです。
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朝飯を食べてバスに乗るために7時20分にホテルのロビーに集合したが、予想通り時間どうりに車はこない。 2日間お世話になったテゥクテゥクの童顔おじさんとホテルの女将さんの子供達とあそんで過ごす。 童顔おじさんから、政府への愚痴や、カンボジアに対する想いが語られた。 2日間運転してもらって一緒にいたけど、あまり会話をする機会がなかったがなかなか真面目で、誠実で賢いおじさんさんだった。 バスに乗ると、日本語の達者なカンボジア人がいて隣で話しかけてきた。 かれは「ごぬんね」と書かれたTシャツを着ていて、この字が誤字であることを知っていて、これをネタにして話かけてきた。 過去に海外で出会った日本語が話せる人にロクな人がいなかったので、少し壁を作ってしまった。 一応彼のメンツのために行っておくと、別に彼には何も悪いことはされていない。 シェムリアップを出てから、道はまったく舗装されてない。 オンボロバスは太陽に蒸され、泥道を軋みながら進んでいく。 もちろんクーラーはなく、窓を全開にしてすすんでいる。 車内には、各国のヒッピー、バックパッカー達が乗り込み、思い思いの場所に座っていた。 学生のうような若い欧米人がほとんどと、数名の日本人がいた。 特に話をする人もいなく、運転手のかけるカセットテープからカンボジアのポップミュージックのようなものが流れていて独特の雰囲気を作っていた。 シソボンの街の手前で昼飯を食べる。 たべたのはチキンラーメンだった。カンボジアでヌードルものを頼むとチキンラーメンが出てくることが多かった。 カンボジアの物価は、バンコクと同じレベルだ。モノ自体はバンコクより悪いので、割高感がある。 それもそのはずで、カンボジアの商品はタイやベトナムからの輸入しているから、タイより安くなるわけがないのだそ。 しかも鉄道はないから、泥だらけの道をトラックで輸送している。 おおくの輸入品を国内の人が使っている様子はなく、観光客用に輸入しているようだ。 舗装されていない道は想像以上にデコボコで、雨が降るとさらにすごいことになる。 一旦雨が降るとデコボコは水溜りに早変りする。 他の車とすれ違うたびに泥水を浴びせ合うことになる。 バスは一瞬で泥だらけになった。 バイクの人は見る影もない。 着ているもの全てが、泥一色だ。 雨が降ってからは、バスのスピードもだいぶ落ちた。
14時半にバスに故障発生。 40~50分くらい立ち往生した。 車輪がおかしくなったらしく、結局は車輪をひとつはずして進むことになった。 到着時間の見積もりに8時間の差があるのが、ようやく納得できた。 8時間の変動要素は、故障や道路状況・天候のようだ。
17時に国境の街ボイペトに到着。 国境では長蛇の列だ。 想像以上にタイとカンボジアの行き来はあるようだ。 観光客以外にも、ボイペトにあるカジノ目当てのタイ人や、出稼ぎにいくカンボジア人も多いようだった。 18時にタイの国境を越えてアランヤプラテートの街へ。 タイのバス会社のバスに乗り換え、再出発する。 タイに入った途端景色が変わった。 バスのグレードも全然違うし、道路も当たりまえのように舗装されている。 整備された街路樹が立ち並び、街灯が設置してある。都市だ。 夕闇のなかで、どこか懐かしい感じのする水田が広がっていた。 運転手は、1度休憩をはさみ、バスは順調に進んでいく。なんのトラブルもなく、22時にバンコクのカオサンに到着。 結果として15時間かかった。 本当は今日中にアユタヤに異動してアユタヤで一泊したかったが、時間が遅かったので、あきらめて今回もカオサンに泊まることにした。 前回泊まったカオサンのゲストハウスにいってみると、すでに満室だった。 その後6件回るが、なかなかいいゲストハウスが空いてない。 いい加減大きなザックを背負って歩き回るが嫌になってきたから、7件目にいったちょっと高めの部屋に泊まることにした。
7時過ぎに宿を出てファランポーン駅へ、タクシーで向かう。 朝の駅周辺は込んでいるといわれていたが、そんなに混んでいなかった。 運転手は昨日から徹夜だったらしく、超ハイテンションだ。 駅で8時20分発のチケットを購入する。駅員の態度は冷たい感じだった。 列車に乗っておもむろに、席に着くとおばさんが「そこ私の席なんだけど・・」とタイ語で話かけてきた。 全席座席指定だったようだ。自分のチケットにはSTANDEEと書いてあり、座席なしのようだ。 席を譲って立っていると、 「隣にだれかくるまで座ってればいいんじゃない」 と手ぶり身振りをつけて話しかけてくれた。お言葉に甘えて座らせてもらった。 英語は通じなかったけど、おばちゃんとのコミュニケーションはできた。 電車は40分遅れの9:00に出発した。 タイでは電車の時間はかなりルーズのようだ。 そして、すごいエンジン音だ。 11時20分にアユタヤらしき駅に到着。周りのタイ人に「アユター?アユター?」と確認してから降りる。 みんな笑顔で頷いてくれる。
駅を出て川を渡し舟でわたり、街を歩いていると、テゥクテゥクのおっさんが話しかけてくる。 んっ、おっさんじゃない。。 おばちゃん?ん?中学生? 話を聞くと「1時間200バーツでどうだ?」といってくる。 料金表にも1時間200バーツと書いてあったが、交渉して3時間で350バーツで決まり。 一瞬中学生に見えたテゥクテゥクのずんぐりむっくりした童顔の女性は、フゥーウィーさんといい、年齢は25歳だった。 観光のコースはお任せして、適当に連れて行ってもらうことにした。 まずはアユタ王宮、ワットプラシー、サンペットをみる。 ここでフゥーウィーが「子供迎えにいっていい?」というが、別に断る理由もないので、子供をむかえに幼稚園に迎えにいくことになった。 子供は思ったより大きかった。フォー君、3歳だ。 無邪気なフォー君は、言葉がまったく通じないがとにかく話かけてきたり、抱きついてきたりとかわいらしい子だった。 その後ワット・マハタート、エレファント・キャンプ、ウィハーン・プラ・モンコン・ホビット、ワット・プラ・ラームワット・プー・カオ・トーン 結結局4時間くらい回ってくれた。 かわいいフォー少年と一緒にテゥクテゥクで回るのも楽しかった。 言葉は通じないけど、最後はかなり懐いてくれた。 楽しい観光ができたので、チップも含めて400バーツを渡して、笑顔でお別れ。 昼飯は駅近くのウォーターフロントで食べる。 昼を食べてから、駅にいって時刻表を調べると1時間半ぐらい電車がない。 1時間半待っても、バス乗り場までモーターサイというバイクのタクシーに乗ってバス乗り場へいった。
バスは本数も多いし時間にもあまり遅れないようで、市民には人気も信頼もあるようだ。 もちろんバスのほうが高い。 バスを降りて、どこに行けばいいのかわからず右往左往していると、 バスの中で出逢ったタイ人カップルが、モノレールの駅への行き方を教えてくれた。 うーん。タイ人は親切でいい人が多いなぁ。 ちなみに私の人の見方は疑り深い性善説です。
結局は駅までは、遠いからモータサイを使った。 モノレールは、BTSと呼ばれている。別名スカイトレインだ。 スカイとレインにのってビルの間をぬけていくと本当に、東京とレベルのかわらない大都市だ。すごい。 サヤームスクエアは、大規模なショッピングモールやデパートが立ち並ぶ場所で、綺麗で先進的なビル街だ。 シンガポールやクアラルンプールなどの大都市でみかける大規模ショッピングセンターと同じ印象だ。
ナイトバザールを目指して数駅分散歩して、日本大使館の前をとおっていく。 ナイトバザールは期待はずれで、ただのお土産物街だった。現地の人が使うようなバザールではないようだ。 日本大使館が近く、高級ホテルも多いせいか、日本人をちらほら見かけた。 お土産を幾つか買ってから地下鉄に乗り込み、タシローム駅へ1駅移動する。 日本人向けの夜の街がこの近辺にはある。 恥ずかしい話だが、日本人のおじさん達がいきようようと吸い込まれていってた。。 とりあえず写真を一枚とって、カオサンにモータサイで戻る。 カオサンではカンボジアで出逢ったSさんに再会した。 再開を祝して屋台で飯をくう。トムヤンクンをくったが、辛いし旨い。 その後にツアーデスクに行って明日の水上市場のツアーを予約する。 ホテルへの帰りに、ヤクルトっぽいものを飲んでねると、翌朝は最高のお通じだった。
朝早起きして、チェックアウトして荷物だけ預かってもらい、ダムマン・サトゥアクのフローティングマーケットへむかう途中おみやげものやに一度よってから、フローティングマーケットに向かう。 フローティングマーケットは、欧米人で一杯だった。 そして完全に、観光地だ。 観光者向けにだけやっていた。 帰りに木彫細工の工場によってからかえる。どこの国のツアーでも目的地以外のところに連れていかれるなぁ。 ツアー会社はいくらもらってるんだろう。
昼過ぎに、市内に戻って現地の屋台で旨そうな飯を食べた。 その後市内観光に出かけた。 ワット・プラオ、王宮、ワット・アルンとワットポーを観光する。 露天を歩きながら、時間をかけてカオサンに戻る。 仏像やコイン等が並べられていた。 タイにきて1つ気になることがあった。 みんなが黄色いポロシャツを着ていることだ。 始めポロシャツは学校の制服だと思っていた。 ところがどっこい、おじさん、おばさんどころかおじいさんおばあさん層までもが着ている。 タイではやっているブランドかな? それにしては爆発的な普及率だ。 黄色はプミポン国王(ラマ9世)が生まれた日が月曜で、タイでは月曜は黄色の日らしい。 王様に敬意の気持ちを表すため黄色のポロシャツを着ているそうだ。 政府や会社での呼びかけもあり、すごい普及率だ。 街中に王の写真が飾られている。 特に今年は王様の在位60年の記念の年、そして王様が生まれた日が月曜だったことから 月曜日は黄色ポロシャツを着る人が特に多いんだそうで。
カオサンで待ち合わせてチャイナタウンまでタイスキを食べに行った。 テゥクテゥクは何種類かあるようだ。 カンボジアのは馬車の馬の部分がバイクに変わった構造で、タイで乗ったのは荷台とバイクが一体になった形だった。 タイスキは本当に旨いし、店員はタイに来て初めてみたオカマだ。 口の中がどんどん辛くなっていくのに手と口は止まらない。 いろんな意味で、タイスキです。 食べ終わったら、荷物を拾って、空港へ。ジャパンへ帰ります。。
成田空港出発から11時間後の15:55にコペンハーゲン国際空港(別名:カストラップ空港)に到着。 4時ぐらいなのに、すでに暗い。。。 日が出てないのは雲が厚いからってことではなく、もう日が沈んでいるのだ。 冬の北欧は日が短いねぇ。 街の中心は空港から離れているので、メトロ(地下鉄)に乗って市内に向かう。 メトロの自販で切符を買ったつもりだったが、エラー通知の紙を切符だと思って持っていた。 車中で検札のおっちゃんに途中の駅で降ろされてしまった。 字(デンマーク語)が読めないと切符もまともに買えないもんなんですね。。 ちなみにこのオッサンは、まったく愛想がないわりに、なかなか親切人だった。 寒い中電車を降りて、券売機まで一緒に行き、ちゃんと買い方を教えてくれた。 何はともあれ、なんとか目当ての駅で降りて、ユースホステルを目指す。 適当に歩いていたら案の定道に迷う。。 外はすでに真っ暗。 まだ5時ぐらいなのに。↓こんな感じです。 適当に歩き続けていると、なんとか辿り着いてチェックインできた。 日本で手に入れたユースホステルの会員証がさっそく役だった。 ユースホステルで割り当てられたのは、6人部屋。 中に入ると既に一人寝ていた。 自分のベッドを決めて、シーツを引いて、タオルとか置いて寝床を確保。 どうやら今のところは、自分も入れて4人だけのようだ。 寝床を確保したので街に出て、市内をブラブラ散歩してみることにする。 チボリ公園(遊園地)では、たくさんの人が乗り物に乗ってキャーッキャーッ言っていた。 コペンハーゲンの方のチボリ公園が、日本の倉敷にあるチボリ公園の元祖ですが、現在名称を使うことに対して、もめてるそうです。 (↓下記は山陽新聞) http://www.sanyo.oni.co.jp/sanyonews/2007/05/18/2007051810103895013.html 市庁舎前の広場は、クリスマスイルミネーションがきらめく。 街はクリスマス一色です。 まだそんなに歩いてないけど、地図の縮尺を考えると、ひとつの国の首都としては、想像以上に小さな町だなぁと感じた。 雨が降ってくると、激寒い。 正直ヨーロッパの冬の寒さは想像していたが、雨が降るだけでこんなに体感温度が下がるのは想定外だった。 駅で晩飯を食うことにファーストフードが1500円ぐらい・・・。 たけー。 ユースに帰ると地獄のいびき合戦がスタートしていた。 そして、そのいびき合戦は、止まることなく朝まで続くのだったぁーーー。
朝9時に目を覚ます。 太陽がまだ顔をだしていなく、うっすらと日の光を感じだ。 身支度を済ませて、部屋をでてすぐのエレベーターで日本人のMJ氏と出会った。 外に出ると雨が降っていた。激寒です。 彼女はユースホステルから別の宿に、移るということで、大荷物を持っていた。 とりあえず方向が同じだったので街の中心の方まで連れ立って歩くことに。 朝飯をカフェで一緒に食べて、携帯番号を交換して別れる。 ちなみに携帯Softbankで普段日本国内用に使ってるものを国際ローミングで使ってます。 MJ氏と別れ、一人で市内観光へでかける。 街の中心部分にはスケートリンクができ、子供達が「きゃっきゃっ」いいながら遊びまわっている。 街にはクリスマーケットが立ち並んでいた。 お城ではタイミングよく衛兵の交代が行われていた。 ただの交代っていうよりも、これはもはやパレードだね。 その後、世界3大がっかりスポットの人魚像を見に行く。 確かに、ちっちゃいねぇ。 自分で予定していた場所を思いのほか、あっさり回ってしまった。 コペンハーゲン中央駅に行き、ヨーロッパ鉄道の乗り放題パスこと、ユーレイルグローバルパスの有効化(バリデート)をしてもらうことにした。 窓口のおじいさんが何かを調べて、何か書き込む。 結構あっさりと終わった。 本当に有効化されているのか、少し不安になるぐらいにあっさり終わった。 多少の不安を抱えながらも、そのままスウェーデンのマルメに電車で向かう。 デンマークとスウェーデンは、橋で結ばれていて、電車で30分ぐらいなのだ。 橋の途中で、海の中にそびえ立つ巨大な風車が現れた。 自然と人工物が神々しい風景を作っていた 途中に「マルメ×××(忘れた)」という駅があり、間違って降りてしまった。 なにはともあれマルメに到着すると、そこはとても可愛らしい街だった。 そのままディズニーランドの一部になれちゃいそうな街だ。 MJ氏から電話がかかってきて、MJ氏もこれからマルメに来るとのこと。 合流してから2時間ぐらいぶらつくも、最大の目的のデザインセンターは休みだった。 残念。 それでも、歴史を感じる町並みや、教会や、クリスマスマーケットの賑わいを見れたので満足。 コペンハーゲンに戻ってから、MJ氏と晩飯を食べにた。 デンマーク料理といっても何のイメージも持っていなかったが、豚肉とポテトを食うようです。 レストランは地元の人で溢れかえるブッフェ形式のお店だ。 感想をもとめられたなら、 「デンマーク料理ってこんなんなんだぁー、へー」 ってぐらいしか表現ができないかなぁ、感想になってないけど、美味いわけでも、まずいわけでもないし。 その後に、バーで地ビールを楽しむ。 デンマーク産のカールスバーグとツボルグ美味し。 ユースホステルに帰ると、4人から5人に人が増え、第二次いびき戦争が勃発していた。 すでに「いびき」というレベルじゃないかも。。 「グォッーー、グォッーー、グォッーー、グォッーー、 グッ・・・・・・、 シーーーーーン シーーーーーン ブハァーーーーーーー。 グォッーー、グォッーー、グォッーー、グォッーー、」 時々心配になるぐらいに呼吸が止まっちゃうんですよ。 とまったかと思うと、また轟音が鳴り響く。。 この人は、無呼吸症候群ですね。きっと。
人は言葉ひとつで、元気になれたり、前向きになれたりします。 適切な場面で、適切な言葉を思い出すだけで、人は強くなれたりもします。 また、いい言葉はいい人生をつくるという人もいます。 名言集はネット上にいくらでもありますが、数ある名言の中から管理人共感した名言、 人生に影響を与えてくれた名言、感銘を受けた名言を厳選して紹介します。