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旅行記を中心に、管理人KAMの人生に影響を与えた経験や本、映画等々を紹介していくブログです。

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出発の朝
朝から少し寝坊してしまった。
家から駅までバックパックを背負ったままダッシュ!
 
この出来事が象徴するように、今回はえらく忙しない旅になってしまった。
 
今回も、旅の前に時間がとれなくて、殆どタイについて調べられていなかった。
成田に向かう電車でタイのガイドブックを読む。
今回は『地球の歩き方』ではないガイドブックを買ってみたのだが、使い物にならない。。。。情報量が少なすぎて、どうしようもない。。
確かに細かい部分では地球の歩き方も間違っていることがあるが、それなりの情報量がある。空港の本屋で、地球の歩き方に買い換えて、事前に買ったガイドブックはそのままゴミ箱へ。
 
個人旅行する人が欲しい情報は、観光地の見どころ情報じゃないのだ。
交通機関・宿泊施設・電気事情・食事・習慣・宗教等々が知りたいのに、ガイドブックは観光地の見所情報ばかりだった。
シンガポールエアライン
さすがシンガポールエアライン!エンターテイメント充実です。
映画2本(『硫黄島の手紙』と『幸せのちから』)を見て、ビールを飲みまくり、ガイドブックを読破。
前回のエジプト航空はアルコールが無く、個人モニターもなかったので、今回は天国だ。
6時間半のフライトも苦にならなかった。
偉大な天使の都(バンコク)到着
バンコクの新国際空港『スワンナプーム国際空港』は、新しく、広く、建築物としても美しい。。
空港を一歩でると、アジア特有の重く湿った空気が私を包み込む。
 


空港から市内へは、リムジンタクシーやタクシー、空港バスがメジャーな交通手段のようだが、今回は市民の足、路線バスを利用することにした。
値段は、タクシーと比べると1/10、リムジンタクシーと比べると1/20だ。
 


路線バス乗り場は空港にはないので、空港の従業員が使用する無料シャトルバスを利用してバス乗り場に移動する。
シャトルバス乗り場を近くにいた高校生に教えてもらって、無料シャトルバスに乗り込んだ。
路線バス乗り場では事前にガイドブックで調べてあった556番バスに乗り込むが、まったく発車する様子なし。
乗客はかなり乗っているが、みんな発車しないことに動じる様子はなく、眠っていたり、話ていたり、新聞を読んでいたりしていた。
仕事帰りに人や、学生さんとか乗っている生活感のあるバスだった。
結局、出発まで40分くらい待った。
バスに乗っているうちに夕立にあったが、すぐに雨はあがった。
カオサン
運転手に「カオサンはこのへんか?」と聞くが英語がわからないのか返事が要領を得ない。
とりあえずカオサンの近くらしいところで下車。
雨のせいで、湿度はさっきよりも上がり、空気はむっとしていた。
バスを降りた場所は間違ってなく、カオサンまで歩いて10程のところだった。
通りすがりの人に道を聞きながら、進むとすぐに辿りつけた。
 
カオサンは、バックパッカーの聖地と呼ばれる場所だ。
欧米人のバックパッカー、ヒッピーが溢れかえっていた。
日本や韓国、中国の観光客はほとんどいない。
 


まずはぶらりと歩きながら、ホテル探しに向かう。
一軒目で空室あり。まずは部屋を見せてもらって、部屋が清潔なことと、シャワー等の設備を確認してからチェックイン。
先に部屋を見るのが安宿探しの鉄則。
 
今回の旅のメインはタイじゃなく、なんといってもカンボジアのアンコールワットだ!
そこで、到着早々にカンボジアへの移動手段を探すことにした。
カオサンの旅行代理店で明日の朝一番のフライトを予約した。
あとはカンボジアのビザ用に証明写真がいるので、町の写真屋で証明写真を撮った。
今日は何もしてないのに、もう夜だ。



時間がもったいないので、ジメジメしている雨上がりの街を、ブラブラと目的もなく歩きまわった。
3時間くらい歩きまわるとバンコクの地図の距離感がつかめてきた。
かなり広い都市のようだ。
 

 
夜はHOTELの横にあった店で晩飯を食べることにした。
そうそう、タイもトイレは紙を使わずに水と左手であらうタイプだった。
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タイ・カンボジア旅行について

2007年のGWを利用しての一人旅。
前回同様、航空券以外は一切の旅行前の事前予約なし。
しかも今回の事前準備は日本とタイの往復チケットのみで、カンボジアのチケットは、取っていない。
行き当たりばったりの旅。
 
 

なぜ、タイ・カンボジア

理由は簡単、アンコールワットがみたいから!!
それだけです。
 
今までの他の旅は、「なぜなんだ?」「どうしてなんだ?」という疑問をたくさん抱えて飛び立ったのですが、今回は気楽に出発しました。
 
アンコールワットをみたい!!!!
 
という純粋な気持ちだけで。
だから当初タイは、おまけでした。
 
でもタイは不思議力を持つ国で、帰ってきてすぐに、タイにまたに行きたくなってしまった。
不思議な魅力を持つ国です。 

タイからカンボジアへ

今日はカンボジアへ一気に移動だ。
5時起きでチェックアウトして、タクシーを拾いスワンナプーム国際空港へ。
カオサンでは24時間タクシーが拾える。
昨日も通った新空港には思っていたよりも免税店が沢山あり、朝早くから開いているところがたくさんあった。
 


カンボジアのシェムリアップへは、バンコクエアラインを利用する。
飛行機ではたまたま隣が日本人で、Sさんと出会った。
カンボジアのシェムリアップ空港は、小さなかわいらしい印象の受ける建物だった。
 


ガイドブックには入国管理官がボッタクリをすると書かれていて汚職の温床といったイメージをもっていたが、普通にビザを発給してくれた。
ただ、手続き自体は結構いい加減だった。
 
空港から市内までは飛行機で隣だったSさんとタクシーでむかう。
宿は、Family Guest Houseにした。本当にアットホームな家族がすんでいるゲストハウスだった。
 


ゲストハウスの人は、観光者摺れしていないいい人達だった。
部屋をチェックしてから、観光の交通手段とかを相談してみる。
ロビーと玄関のあいのこといった感じのスペースで、宿の女将さん風の女性と、その旦那さんっぽいおじさんと相談にのってくれた。テゥクテゥクというバイクに荷台をつけた乗り物を一日レンタルすることに決めた。
旦那さんは簡単な観光プランまで提示してくれた。いい人だ。
すると旦那さんとおもってた人が、じゃあ「テゥクテゥク持ってくるから待っててね」といって出ていった。
そうか宿の人じゃなくてテゥクテゥクの運転手だったんだ。。
 


アンコール・ワット

旦那さん改め、童顔のテゥクテゥクおじさんに連れられて、まずは今回の旅の目玉であるアンコール・ワットに訪れた。
アンコールは都を意味し、ワットは寺を意味しているヒンデゥー教の寺だ。
 
遺跡内の彫刻や、石像はクメール建築の傑作に恥じない壮大かつ緻密なつくりだった。
過剰なほど装飾された壁や柱は、異様な存在感を放っていた。
  


オレンジ色の袈裟を着た坊さんを何人か見かけた。
 


アンコールワットの風景に非常に映えてフォトジニックだった。
が、よく考えるとヒンデゥー寺院に坊さんか・・。
仏教徒だと、異教の寺にきてるってことになるのかな。
うーん。オレンジの袈裟はヒンデゥーの坊さんか・・・?
わからん。。。
まぁいいや。
 
以前に友人のM氏から、アンコールワットでは毎年死人がでると聞いていたが、やっと納得できた。
遺跡内の階段は想像以上の急勾配で、手も使わないと上れない。ここから転落死するんだ。
 


アンコールワットの敷地内で売ってた「アンコールビール」を飲んだ。
 

アンコール・トム 王と神の都市

アンコールトムは城砦都市遺跡で、アンコールワットがヒンデゥー教なのに対してこちらは仏教だ。
バイヨンはヒンデゥーと仏教の混合だ。まじってしまったのには歴史的経緯はあるようだが、多神教同士だから意外と並存できるんだなぁ。
 
南大門からアンコールトム入り、人面の塔がそびえる宇宙の中心バイヨンをみていると天気雨が降ってきた。
 


バイヨンのすぐ近くの屋台に雨宿りがてらはいって昼食にすることにした。
 
徒歩で「隠し子」という意味を持つバブオーン、「天上の宮殿」ピミアナカス、像のテラスをブラブラと眺めてから、テゥクテゥクに乗り込んで、勝利の門からでていく。
 


そのあとも、おじさんに連れられて、
・こじんまりとしたトマノン
・修復工事中のチャウ・サイ・テホーダ
・クリスタルの古老という意味を持つ、タ・ケウ
・樹木に取り込まれた遺跡、タ・プローム
を見物する。
 
 
 
ちなみに雨のときのテゥクテゥクはこんなカンジ。
 

 

子供達

遺跡へ向かう道や、屋台などのいたるところで、物売りの子供達が話しかけてくる。
驚くのは、その語学力と演技力だ。
 
3歳ぐらいで英語で話かけてくる子がいた。
こちらから話かけると、会話にはならないので、同じフレーズの丸暗記なのだろうが、3歳で外国語のフレーズを暗記してるだけですごい。
 
5・6歳の子は、普通に会話ができた。
自分と同じレベルの英語を話してくる。逆に言えば私の英語力はカンボジアの6歳児並なんだな。。。
 
10歳ぐらいの子供は流暢な英語を話している子がおおい。
日本語を話せる子もいた。自分の名前を平仮名で書いて教えてくれた子もいた。
 
みんな悲しそうな顔をして話しかけてくるが、これは商売用の顔で、完全に演技だ。
ちょっと笑わせるとすぐに、元気な子供の顔に戻る。
「哀れみを請う子供と観光客」という構図になってしまうと大変だが、「外人のおにーさんと、遊んでもらう地元の子供」という構図にかえると、お互いに笑顔で過ごせた。やっぱり子供は笑顔が一番!!
 

 

いろいろと会話ができて、楽しい時間がすごせた。


シェムリアップの夜

HOTELにもどって、水シャワーを浴びる。
この国は基本的にお湯シャワーを浴びないようで、お湯がでるゲストハウスはそのことをを売りにしていた。
オールドマーケットの近くの店で晩飯を食べていると、スコールに遭遇した。
本当にバケツをひっくり返したような雨だ。圧倒的な水の量と、音。
帰りにセブンイレブンで酒をかってかえりアンコールビールや、バイヨンビールを飲んだ。

サンライズ

朝5時に起きてアンコールワットのサンライズを見にいくが、雲が厚くて日の出を見ることはできなかった。
残念。無念。
 
 
 
マーケットで朝飯を食べてから、ベンメリアに移動した。
ベンメリアは、友人のHanaさんにお薦めだったが、シェムリアップからはなれた場所にあったのからあきらめていたけど、昨日かなり効率的に回れたので、遠出ができる時間ができた。
今日も童顔おじさんのテゥクテゥク貸しきりです。
 
 
 

ベンメリアへ

風をきってすすむテゥクテゥクは気分が最高だ。
ウルルン滞在記で出てきそうな道を、2時間半かけてすすむ。
雨季に水が氾濫することへの対策なのか、このあたりの家はホトンドが高床式で2階にあたる部分のみに住んでいるようだった。
 
 
 
いたる所で裸の子供が遊んでいた。
地べたに寝そべって、スコールの泥水で戯れている。
日本の子供だったら一瞬で病気になりそうな水の中で、小さな頃から抗体を育んでいるようだ。
実際に日本人が抗体をもっていない病気がたくさんあるそうだ。
 
 
 
ベンメリアは、自然の中に埋もれた遺跡で、他の遺跡のように観光者のために無理やり生きながらえさせられた遺跡ではなく、今でも遺跡のままの遺跡だった。
いい方を変えると、他の遺跡が観光地化された化粧された遺跡だとすると、ベンメリアは何も施されていないすっぴんの遺跡だ。
観光ルートも確立していなく、崩れた壁を登ったりして、プチアドベンチャーを味わえる遺跡だ。
地元の子供たちがいろんなルートを教えてくれた。
とても生きいきとした素晴らしい遺跡だった。
 

 

バンテアイ・スレイ

バンテアイ・スレイに2時間移動する。
今度は舗装のない砂利道や、泥道をすすむ。
テゥクテゥクはだいぶ揺れたが、それでも乗り心地はわるくない。
風を切って進む感触が気持ちいいし、カンボジアの雄大な景色と空を眺めながら進む時間は、とても心地良かった。
道行くバイクには一家5人でのっていたり、小学生が運転していたりと道交法がないようだった。
2日間で2件の交通事故をに遭遇したが、事故をおこしても警察を呼ぶでもなく、喧嘩をして事故後始末をするだけだった。
 

 
バンテアイ・スレイは思ったよりも大きな遺跡だった。
入り口の部分の丈が低い独特な遺跡だった。
 

 
シェムリアップの街にかえり、オールドマーケットでブラブラと1時間ぐらい物色する。
オールドマーケットはお土産や、金物、生鮮食品が並んでいた。
食品は、肉といよりも死骸に近い肉塊が多く、ドリアンなどの果物もあり、強烈な匂いを放っていた。
市場で働いているほとんどが、女性や子供だ。
警察・役所・運転手は男ばかりだが、後は大抵女性か子供が働いている。
 

 

サンセット

サンセットを見にブノン・バケンにいく。
景色は良かったが曇りだったので、予想通りサンセットは見ることはできなかった。
サンセットどころか、雨まで降ってきて、またスコールに降られてしまった。
傘もないからずぶ濡れになった。
カメラ壊れなくてよかったぁ。
 

 
また街に帰って、屋台で晩飯を食う。
屋台では観光者価格で1ドルで飯がたべれるが、現地の人はその4分の一(1000リエル)で食べている。
渡されるメニューは観光客価格で書かれているのだ。
カンボジアでは現地通貨のリエルだけでなく、タイのバーツ、米国ドルが使えた。
ATMは現地通貨での取引ができず、ドルしか取引できない有様だった。
みんな計算が苦手で支払いの時に、簡単な足し算・引き算ができないようだった。
いままでの内戦の歴史を考えれば仕方が無いことかもしれない。
 

 
バンコクへの戻りはバスにする事にした。
旅の目的が、その国を知ることであって、観光地を回ることではないので、バスでゆっくりかることは決して無駄な時間ではないと考えたからだ。
8時間~16時間かかるとらしい、8時間も差がある長曖昧な時間予測が、カンボジアらしい。
8時間も差がでる変動要素は何なんだろう。。。
ホテルで明日のバンコク行きのバスのチケットを購入した12ドルだ。
 
ちなみにカンボジアは治安は悪い。
今日いったベンメリアにはガイドブックには
『テゥクテゥクやバイクタクシーではいかずにきちんとしたツアー会社でガイド付きでいくこと』
と書かれていた。
ただ、人々は非常に親切で愛想がいいので一見安全そうだが、治安がわるい。
強盗・強姦事件が後をたたないそうだ。
 
エジプトの逆だなぁと思った。
ガラが悪いが治安のいいえエジプトと、人はいいが治安の悪いカンボジア。

カンボジアからタイへ

朝飯を食べてバスに乗るために7時20分にホテルのロビーに集合したが、予想通り時間どうりに車はこない。
2日間お世話になったテゥクテゥクの童顔おじさんとホテルの女将さんの子供達とあそんで過ごす。
童顔おじさんから、政府への愚痴や、カンボジアに対する想いが語られた。
2日間運転してもらって一緒にいたけど、あまり会話をする機会がなかったがなかなか真面目で、誠実で賢いおじさんさんだった。
 
 
 
バスに乗ると、日本語の達者なカンボジア人がいて隣で話しかけてきた。
かれは「ごぬんね」と書かれたTシャツを着ていて、この字が誤字であることを知っていて、これをネタにして話かけてきた。
過去に海外で出会った日本語が話せる人にロクな人がいなかったので、少し壁を作ってしまった。
一応彼のメンツのために行っておくと、別に彼には何も悪いことはされていない。
 
 
 
シェムリアップを出てから、道はまったく舗装されてない。
オンボロバスは太陽に蒸され、泥道を軋みながら進んでいく。
もちろんクーラーはなく、窓を全開にしてすすんでいる。
車内には、各国のヒッピー、バックパッカー達が乗り込み、思い思いの場所に座っていた。
学生のうような若い欧米人がほとんどと、数名の日本人がいた。
特に話をする人もいなく、運転手のかけるカセットテープからカンボジアのポップミュージックのようなものが流れていて独特の雰囲気を作っていた。
 
シソボンの街の手前で昼飯を食べる。
たべたのはチキンラーメンだった。カンボジアでヌードルものを頼むとチキンラーメンが出てくることが多かった。
カンボジアの物価は、バンコクと同じレベルだ。モノ自体はバンコクより悪いので、割高感がある。
それもそのはずで、カンボジアの商品はタイやベトナムからの輸入しているから、タイより安くなるわけがないのだそ。
しかも鉄道はないから、泥だらけの道をトラックで輸送している。
おおくの輸入品を国内の人が使っている様子はなく、観光客用に輸入しているようだ。
 
 
 
舗装されていない道は想像以上にデコボコで、雨が降るとさらにすごいことになる。
一旦雨が降るとデコボコは水溜りに早変りする。
他の車とすれ違うたびに泥水を浴びせ合うことになる。
バスは一瞬で泥だらけになった。
バイクの人は見る影もない。
着ているもの全てが、泥一色だ。
雨が降ってからは、バスのスピードもだいぶ落ちた。
 

アクシデント

14時半にバスに故障発生。
40~50分くらい立ち往生した。
車輪がおかしくなったらしく、結局は車輪をひとつはずして進むことになった。
 
 
 
到着時間の見積もりに8時間の差があるのが、ようやく納得できた。
8時間の変動要素は、故障や道路状況・天候のようだ。
 

国境

17時に国境の街ボイペトに到着。
国境では長蛇の列だ。
想像以上にタイとカンボジアの行き来はあるようだ。
観光客以外にも、ボイペトにあるカジノ目当てのタイ人や、出稼ぎにいくカンボジア人も多いようだった。
 
 
 
18時にタイの国境を越えてアランヤプラテートの街へ。
タイのバス会社のバスに乗り換え、再出発する。
タイに入った途端景色が変わった。
バスのグレードも全然違うし、道路も当たりまえのように舗装されている。
整備された街路樹が立ち並び、街灯が設置してある。都市だ。
 
夕闇のなかで、どこか懐かしい感じのする水田が広がっていた。
運転手は、1度休憩をはさみ、バスは順調に進んでいく。なんのトラブルもなく、22時にバンコクのカオサンに到着。
結果として15時間かかった。
 
本当は今日中にアユタヤに異動してアユタヤで一泊したかったが、時間が遅かったので、あきらめて今回もカオサンに泊まることにした。
前回泊まったカオサンのゲストハウスにいってみると、すでに満室だった。
その後6件回るが、なかなかいいゲストハウスが空いてない。
いい加減大きなザックを背負って歩き回るが嫌になってきたから、7件目にいったちょっと高めの部屋に泊まることにした。

鉄道

7時過ぎに宿を出てファランポーン駅へ、タクシーで向かう。
朝の駅周辺は込んでいるといわれていたが、そんなに混んでいなかった。
運転手は昨日から徹夜だったらしく、超ハイテンションだ。
 
 
 
駅で8時20分発のチケットを購入する。駅員の態度は冷たい感じだった。
列車に乗っておもむろに、席に着くとおばさんが「そこ私の席なんだけど・・」とタイ語で話かけてきた。
全席座席指定だったようだ。自分のチケットにはSTANDEEと書いてあり、座席なしのようだ。
席を譲って立っていると、
「隣にだれかくるまで座ってればいいんじゃない」
と手ぶり身振りをつけて話しかけてくれた。お言葉に甘えて座らせてもらった。
英語は通じなかったけど、おばちゃんとのコミュニケーションはできた。
 


電車は40分遅れの9:00に出発した。
タイでは電車の時間はかなりルーズのようだ。
そして、すごいエンジン音だ。
11時20分にアユタヤらしき駅に到着。周りのタイ人に「アユター?アユター?」と確認してから降りる。
みんな笑顔で頷いてくれる。
 

アユタヤ

駅を出て川を渡し舟でわたり、街を歩いていると、テゥクテゥクのおっさんが話しかけてくる。
んっ、おっさんじゃない。。
おばちゃん?ん?中学生?
 


話を聞くと「1時間200バーツでどうだ?」といってくる。
料金表にも1時間200バーツと書いてあったが、交渉して3時間で350バーツで決まり。
一瞬中学生に見えたテゥクテゥクのずんぐりむっくりした童顔の女性は、フゥーウィーさんといい、年齢は25歳だった。
観光のコースはお任せして、適当に連れて行ってもらうことにした。
まずはアユタ王宮、ワットプラシー、サンペットをみる。
 


ここでフゥーウィーが「子供迎えにいっていい?」というが、別に断る理由もないので、子供をむかえに幼稚園に迎えにいくことになった。
 
子供は思ったより大きかった。フォー君、3歳だ。
無邪気なフォー君は、言葉がまったく通じないがとにかく話かけてきたり、抱きついてきたりとかわいらしい子だった。
 


その後ワット・マハタート、エレファント・キャンプ、ウィハーン・プラ・モンコン・ホビット、ワット・プラ・ラームワット・プー・カオ・トーン 


結結局4時間くらい回ってくれた。
かわいいフォー少年と一緒にテゥクテゥクで回るのも楽しかった。
言葉は通じないけど、最後はかなり懐いてくれた。
楽しい観光ができたので、チップも含めて400バーツを渡して、笑顔でお別れ。
 
 
 
昼飯は駅近くのウォーターフロントで食べる。
昼を食べてから、駅にいって時刻表を調べると1時間半ぐらい電車がない。
1時間半待っても、バス乗り場までモーターサイというバイクのタクシーに乗ってバス乗り場へいった。
 

バス

バスは本数も多いし時間にもあまり遅れないようで、市民には人気も信頼もあるようだ。
もちろんバスのほうが高い。 


バスを降りて、どこに行けばいいのかわからず右往左往していると、
バスの中で出逢ったタイ人カップルが、モノレールの駅への行き方を教えてくれた。
うーん。タイ人は親切でいい人が多いなぁ。
ちなみに私の人の見方は疑り深い性善説です。
 

スカイトレイン

結局は駅までは、遠いからモータサイを使った。
モノレールは、BTSと呼ばれている。別名スカイトレインだ。
スカイとレインにのってビルの間をぬけていくと本当に、東京とレベルのかわらない大都市だ。すごい。
 


サヤームスクエアは、大規模なショッピングモールやデパートが立ち並ぶ場所で、綺麗で先進的なビル街だ。
シンガポールやクアラルンプールなどの大都市でみかける大規模ショッピングセンターと同じ印象だ。
 


ナイトバザール・地下鉄・モータサイ

ナイトバザールを目指して数駅分散歩して、日本大使館の前をとおっていく。
ナイトバザールは期待はずれで、ただのお土産物街だった。現地の人が使うようなバザールではないようだ。
日本大使館が近く、高級ホテルも多いせいか、日本人をちらほら見かけた。
お土産を幾つか買ってから地下鉄に乗り込み、タシローム駅へ1駅移動する。



日本人向けの夜の街がこの近辺にはある。
恥ずかしい話だが、日本人のおじさん達がいきようようと吸い込まれていってた。。
とりあえず写真を一枚とって、カオサンにモータサイで戻る。
 


カオサンではカンボジアで出逢ったSさんに再会した。
再開を祝して屋台で飯をくう。トムヤンクンをくったが、辛いし旨い。
その後にツアーデスクに行って明日の水上市場のツアーを予約する。
ホテルへの帰りに、ヤクルトっぽいものを飲んでねると、翌朝は最高のお通じだった。

水上市場

朝早起きして、チェックアウトして荷物だけ預かってもらい、ダムマン・サトゥアクのフローティングマーケットへむかう途中おみやげものやに一度よってから、フローティングマーケットに向かう。
 
 

フローティングマーケットは、欧米人で一杯だった。
そして完全に、観光地だ。
観光者向けにだけやっていた。
 


帰りに木彫細工の工場によってからかえる。どこの国のツアーでも目的地以外のところに連れていかれるなぁ。
ツアー会社はいくらもらってるんだろう。
 

市内観光

昼過ぎに、市内に戻って現地の屋台で旨そうな飯を食べた。
その後市内観光に出かけた。
ワット・プラオ、王宮、ワット・アルンとワットポーを観光する。



露天を歩きながら、時間をかけてカオサンに戻る。
仏像やコイン等が並べられていた。
 


タイにきて1つ気になることがあった。
みんなが黄色いポロシャツを着ていることだ。
始めポロシャツは学校の制服だと思っていた。
ところがどっこい、おじさん、おばさんどころかおじいさんおばあさん層までもが着ている。
タイではやっているブランドかな?
それにしては爆発的な普及率だ。
 
黄色はプミポン国王(ラマ9世)が生まれた日が月曜で、タイでは月曜は黄色の日らしい。
王様に敬意の気持ちを表すため黄色のポロシャツを着ているそうだ。
政府や会社での呼びかけもあり、すごい普及率だ。
街中に王の写真が飾られている。
特に今年は王様の在位60年の記念の年、そして王様が生まれた日が月曜だったことから 月曜日は黄色ポロシャツを着る人が特に多いんだそうで。
 


タイスキ

カオサンで待ち合わせてチャイナタウンまでタイスキを食べに行った。
テゥクテゥクは何種類かあるようだ。
カンボジアのは馬車の馬の部分がバイクに変わった構造で、タイで乗ったのは荷台とバイクが一体になった形だった。
 


タイスキは本当に旨いし、店員はタイに来て初めてみたオカマだ。
口の中がどんどん辛くなっていくのに手と口は止まらない。

いろんな意味で、タイスキです。
 
食べ終わったら、荷物を拾って、空港へ。ジャパンへ帰ります。。

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◎ プロフィール
HN:
KAM
年齢:
44
性別:
男性
誕生日:
1979/10/15
職業:
コンサルタント
趣味:
旅行・写真・空手・ギター
自己紹介:
はじめまして、KAMと申します。
自分の経験が誰かの役に立てばいいなぁと考えて、このサイトを立ち上げました。
旅行記を中心に自分が感じたこと、考えたこと、経験したことを少しずつ書き溜めていこうと思ってます。
ゆっくり、少しずつでも更新していこうと考えていますので、是非ご愛顧ください!!
02'09 マレーシア (クアラルンプール/コタキナバル)
03'09 インドネシア (バリ)
04'05 シンガポール
05'02 アメリカ (ハワイ/LA/サンディエゴ/サンフランシコ/サンタバーバラ)
05'07 メキシコ (ティファナ)
05'11 台湾 (台北)
07'03 エジプト (カイロ/アブシンベル/アスワン/ルクソール)
07'03 トルコ (イスタンブール/カッパキア/セルチュク/イズミル/パムッカレ)
07'05 タイ (アユタヤ/バンコク)
07'05 カンボジア (シェムリアップ)
07'08 韓国 (ソウル)
07'12 デンマーク(コペンハーゲン)
07'12 スェーデン(マルメ)
07'12 イギリス(ロンドン)
07'12 ベルギー(ブルージュ/ブリュッセル)
07'12 オランダ(アムステルダム)
07'12 ドイツ(ベルリン/デュッセルドルフ/ハイデルブルグ/ローテンブルグ/フュッセン/リンダウ)
07'12 チェコ(プラハ)
07'12 オーストリア(ウィーン/ザルツブルグ)
07'12 ハンガリー(ブタペスト)
07'12 イタリア(ベネツィア/フィレンツェ/ピサ/ローマ/ミラノ)
07'12 バチカン市国
07'12 モナコ公国
07'12 フランス(ニース/アルル/アブィニヨン/モンペリエ/ボルドー/パリ/モンサンミッシェル)
07'12 スペイン(バルセロナ/コルドバ/マドリッド/サンセバスチャン/ビルバオ)
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